巡拝お寺ガイド

別宮山 金剛院 べっくざん こんごういん なんこうぼう 第五十五番札所 南光坊

第五十五番札所 南光坊

兵火に遭い、ただ一つ再建された大山祗神社の別当寺
御詠歌

このところ三島に夢のさめぬればべつぐうとてもおなじすいじゃく

本尊

大通智勝如来

真言

なむ だいつうち しょうぶつ

宗派

真言宗醍醐派

開基

行基

お寺の歴史・全体像

四国霊場で坊というのはここだけです。かつては別宮大山積神社と隣接しており、明治初年までは大山祗神社の別当寺であったといいます。その縁起は今から1300年前にさかのぼります。河野氏の始祖・越智玉興(たまおき)の弟である玉純は、文武天皇の勅願を受けて大三島の大山積明神に勧請し、法楽所として24坊を建立しました。

しかし海を渡らないと参拝にいけないため和銅5年(712)にその別宮を越智郡日吉村に移転。同時に別当院寺として南光坊を含む8坊を移したといいます。だが天正年間(1573~1592)には、伊予の全土を襲った長宗我部氏の兵火によって8坊は焼失してしまいます。さらには越智氏の末裔である河野氏も滅亡。ただし、この南光坊だけは、大山祗神社の別当寺として再建されました。江戸時代には藤堂高虎の祈祷所として薬師堂が再建されたほか、今治藩の藩主からも信仰を集めました。明治の廃仏毀釈の際には、本尊の大通智勝如来(だいつうちしょにょらい)や十六大王子を薬師堂に返して、寺として独立します。だが、昭和20年の大空襲では大師堂と金比羅堂以外の建造物は焼失。本堂は戦後再建されました。

お寺について

  • 川村驥山の管笠

    川村驥山は、昭和25年に書道家としては初めて、芸術院賞を受けた人物です。彼が天皇陛下のご招待を受けて宮中午餐会に出席した時、隣り合わせた作家・久保田万太郎から四国巡礼の話を聞く。大いに感動した驥山は、昭和29年より娘をともなって遍路行へ。その時に被っていた管笠は、南光坊に保存されています。

  • 大師堂・金比羅堂

    大師堂・金比羅堂

    大師堂と金比羅堂は、戦火を免れた歴史ある建造物です。とりわけ金比羅堂は、文久年間(1861~1864)創建の歴史ある建物です。大師堂は大正5年に建立。屋根の四隅が軽やかに跳ね上がり、その上にある相輪塔と相まって、荒波の中を走る船のような様相を呈しています。地元の人から「別宮のお大師さん」の愛称で親しまれています。

  • 高僧・天野快道の墓

    高僧・天野快道の墓

    境内には、南光坊の祖・天野快道大僧正(1846~1923)の墓が残っています。天野快道は、今治に伝わる「大楠と三匹狸」という話の中で、境内で悪さをしていた狸と話をし、諭したという伝説が残っている人物です。「頭脳明晰で体格にも恵まれた傑物」であったようです。

立ち寄りスポット

  • 今治城

    今治城

    慶長9年(1604)に藤堂高虎によって築かれた全国でも珍しい海岸平城。今張の浦にある砂洲に20万石の城下町を開いた際、「今より治める」という意味で地名も今治に改めたといいます。堀の水は、今でも海水。天守閣は展示室や展望台、郷土美術館として公開されています。今治の歴史と文化に触れる、絶好のスポットです。

    住所 : 愛媛県今治市通町3-1-3  TEL : 0898-31-9233

  • 市民の森フラワーパーク

    市民の森フラワーパーク

    四季折々の花が咲き誇る今治市民憩いの場。桜や藤、ボタンなど花の種類は数十種類を数え、とりわけ5月中旬が身頃の数万株のツツジは見事です。赤い橋が架かる池にはカモやアヒルが泳いでいます。3月上~5月下旬には数十匹の鯉のぼりも揚げられ、花との競演を楽しませてくれます。トリムコースや遊歩道もあります。

    住所 : 愛媛県今治市山路662-1  TEL : 0898-36-1563

南光坊までの地図

南光坊までのアクセス

今治インターチェンジから国道196号線片山交差点を左折、今治市街方面へ直進。今治大丸の前を左折、約500mの左手にあります。

  • 今治インターチェンジからは約7分
  • 第五十六番札所の泰山寺まで車で約15分
南光坊
住所 : 愛媛県今治市別宮町3-1
TEL : 0898-22-2916
寝坊 : なし
駐車場 : あり(金毘羅堂横・境内まで徒歩1分、無料、10台)

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